折から、中天高く昇った日輪の陽射しが、遮るものとて無くエレナの鎧に跳ね返り、兵士の目に痛いほど眩く映じた。目も眩むばかりとはこの事である。そのあまりの輝きは、兵士達に何かこの世のものとも思えないほどの鮮やかさを印象付けた。(おお、眩しいぜ。)とハンベエは美々しい王女の鎧の輝きに少なからぬ満足感を抱いていた。何せ、この男、王女の着衣に先立ち、その甲冑一式をイシキンと一緒になってせっせと磨いたほどなのだ。エレナは自分の身に纏う鎧に結構必死になって磨きをかけるハンベエを見て、何やら失望したような、ちょっと軽侮の混じった面映ゆい顔をした。甲冑とは云え、女の身に付ける物を真剣に磨くハンベエの似つかわしくない姿に、ハンベエさんともあろう者が、と好感度が急落した模様であった。しかし、ハンベエは必死であった。ハンベエの頭では、今日の甲冑の光り具合が兵士達のエレナに対する印象を決定付けると大真面目に考えていた。少しでも神々しく英文故事書、出来れば女神かなんかのように兵士達にエレナを仰がせる事はハンベエの戦略には重要な事であった。女の纏う物とか、そんな余念を抱く余地も無く、刀を磨く如く、王女の鎧を丹念に磨き込んだハンベエであった。流石に、エレナの着替えにまでは手を貸さなかったが。因みに、イザベラ不在の為、エレナは独りで甲冑を身に纏わなければならなかった。それは結構な難事業であった。王女のエレナです。タゴロロームの兵士の皆さん、始めまして。」エレナはこう言って話を切り出した。兵士達は身じろぎもできず、その姿に釘付けになっている。陽射しは飽くまでも強く、空気は少し湿気を帯び、汗ばむような陽気に、時折緩やかな風が吹いて涼を与える。その中、兵士の眼には輝くエレナの姿がゆらゆらと揺れ、時に霞みそうになる。兵士達は息が止まりそうな静寂の中でその声を聞いていた。「国王陛下の死後、ステルポイジャンは、まだ年若いフィルハンドラ王子に国王を僭称させ、国政を壟断。早くも近衛兵団とその一族何万人もを虐殺し、暴政を恣(ほしいまま)にし始めました。今、ゲッソリナでは市民が恐怖に恐れおののき、夜も眠れぬ有様と聞きます。私は、王位にひとかけらの関心も有りませんが、このステルポイジャンの専横を捨て置くわけには行きません。東には太子ゴルゾーラ殿下が彼等に屈する事無く対峙しています。私もステルポイジャン達と戦いたいと思います。どうか力を貸して下さい。」そう言うとエレナは階段を降りた。少々紋切り型であったが、王女の威厳と人柄の真面目さは伝わったようだ。何より、そのキラキラとした姿は眩しさに正視できないほどで、兵士の目を幻惑して放さなかったようだ。その背後で、「おおーっ。」と言う声が兵士達の所々で起こり、続いて夢から覚めたかのように、兵士の大部分が『オオーッ』と声を挙げた。「王女様、万歳。」「王女様、万歳。」「万歳、万歳。」余計な事であるが、最初の掛け声はハンベエが仕込んでいたものだった。ハンベエは親衛隊となった旧第5連隊兵士を目立たないように兵士の間に点々と潜り混ませ、頃合いを見て声を挙げるよう言い含めてあったのである。(七分咲きと言ったところか。)
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